13. ピロートークの逡巡

2024/08/13
ピンク式部
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ピロートークの逡巡

 しばらくの間、2人は動かず、ただ息を整えていた。やがてタカシが優しくナツの髪を撫でると、ナツの体から離れ、避妊具を外した。それを見てとったナツは体を起こし、タカシのものを口に含んだ。

「え?ナツ…?」タカシは驚いたが、ナツの情熱的な奉仕に身を委ねた。

 タカシはナツの髪を優しく撫で、「ありがとう、ナツ」と囁いた。

 ナツは自分でも驚いていた。こんな行動をとるなんて、以前の自分では考えられなかった。

 タカシの熱いものを口に含みながら、ナツは考えていた。自分のセックスに対する姿勢は大きく変わってしまったのかも。いや、むしろ、これがほんとの自分だったのかもと。

 タカシの白濁した男の精を絞り取ってしまうと、ナツは、横たわるタカシの胸に頬を寄せた。心地よい温もりと、彼の鼓動が伝わってくる。

「ナツ…こないだの話だけど…」

 タカシの言葉がナツを現実に引き戻した。

「うん…」

 ナツは小さく返事をした。胸の中で複雑な思いが渦巻いている。

「結論を急ぐつもりはないんだけど…。今はどう思ってる?」

 タカシの言葉に、ナツは一瞬息を呑んだ。彼の腕の中で、微かに体が震える。

「タカシ…私…」

 言葉につまるナツ。どう答えていいか分からない。

「分かってる。君には旦那さんがいるって。でも…」

 タカシは言葉を探すように少し間を置いた。

「俺は本気なんだ。中学生の頃から、ずっと…」

 その言葉に、ナツの心臓が高鳴った。中学生の頃の初恋の記憶が蘇る。

「タカシ…そう言ってくれてうれしい。でも…」

 ナツは言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。

「私には夫がいるの。確かに…浮気されて、今はぐらついてる。でも…」

 タカシの胸から顔を離し、彼の目を見つめる。

「『付き合う』って言われると、何か違和感があるの。夫もいるし…」

 タカシは黙ってナツの言葉に耳を傾けていた。

「分かった。無理強いはしない」

 タカシはそう言いながら、優しくナツの髪を撫でた。

「でも、また会えるよね?」

 ナツは少し考え込んだ後、小さくうなずいた。

「…うん、会いたい」

 タカシの顔に安堵の表情が浮かぶ。

「ありがとう。次は何がしたい?」

 その言葉に、ナツは少し考え込んだ。そして、思い切って聞いてみることにした。

「タカシ…本当に私でいいの?」

「え?」

「だって、タカシはすごくモテそうだし…他に相手がいるんじゃない?」

 タカシは驚いたような表情を浮かべた。

「いないよ。今は君のことしか考えられない」

 その言葉に、ナツは少し安心したような、でも同時に不安も感じた。

(本当に嘘はないのかな…)

 ナツの頭の中では、タカシの言葉の真偽を探ろうとする思考が巡っていた。

(こんなに上手なのは、やっぱりたくさんの女性と経験を積んできたからなのかな…)

 そんな疑念が頭をよぎる。でも、それを口に出すことはできなかった。

「そう…」

 ナツはそう言って、再びタカシの胸に顔をうずめた。温かい体温と、彼の心臓の鼓動。

「ねえ、タカシ」

「ん?」

「私のこと…どう思ってるの?」

 タカシは優しく微笑んで、ナツの髪を撫でた。

「ナツは…俺の忘れられない、初恋の人だったよ。そして、こうやって改めて巡り合って、また恋に落ちちゃった。あの頃のナツと変わらない部分も好きだし、変わった部分も好きだよ」

 そういうと、タカシはナツを見つめ、そっと唇を重ねた。柔らかく、優しいキスだった。

「ナツ…俺は本気だ。君のことが好きだ」

 タカシの真剣な眼差しに、ナツは胸が高鳴るのを感じた。でも、同時に現実も突きつけられる。

「嬉しい…。でも、今の私には夫がいて…」

 タカシは優しく頷いた。

「わかってる。焦らないでほしい。俺は、こうやってたまに会えるだけで嬉しいんだ」

 ナツは感謝の気持ちを込めて、タカシに寄り添った。タカシの腕の中で、安らぎと不安が交錯する。ナツの心は、まだ揺れ動いていた。

翌朝の心変わり

 翌朝のナツは、重苦しい気分とともに目覚めた。昨夜の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。タカシの優しい手触り、熱い吐息、そして二人の体が重なり合う感覚。それらは確かに心地よかったが、今となっては罪の意識が全てを覆い隠していた。

(私…何てことを…)

 ナツは布団で顔を両手で覆う。確かに夫のユウトとの関係は冷めきっており、結婚という誓いを先に破ったのは彼のほうだった。それでも自分も結婚という誓いを、自分も破ってしまった。それも1度ならずとも2度までも。その事実は重く、今ナツの心を押しつぶそうとしていた。

 ユウトを刺激しないようにそっと起き出し、化粧室に向かった。情事の痕跡は昨晩帰ってすぐに洗い流したつもりだったが、鏡に映る自分の姿を見つめると、昨晩の情熱の痕跡がまだ残っているような気がした。

(これ以上…深みにはまるわけにはいかない)

 ナツは決意を固めた。タカシとの関係は、ここで終わりにしなければ。スマートフォンを手に取り、謝罪の言葉とともに別れを告げるメッセージを送信した。送信ボタンを押す指が震えた。

 しばらくして、タカシからの返信が届いた。タカシは理解を示しつつも、最後に一度だけ約束通りのデートをしたいと申し出てきた。確かに、最後のお別れをする機会としては適切なのかもしれない。しかしもう一度タカシに会って、また同じ過ちを繰り返さない自信が自分になかった。迷った末、ナツは返事をせず、スマートフォンを置いた。

崩れ去った束の間の平穏

 数日が過ぎ、ナツの日常は元に戻りつつあった。職場に行って仕事をし、自宅に帰って家事をし、ユウトとつかの間の会話を交わす。しかし、その平穏は長くは続かなかった。

 ある日、家の掃除をしていると、ゴミ箱の中に破られた紙くずを見つけた。普段なら気にも留めないことだったが、最近のユウトの様子と重ね合わせると、どうしても気になってしまう。

(まさか…)

 不安な気持ちを抑えきれず、ナツは破られた紙片を丁寧につなぎ合わせた。気の遠くなるような作業だったが、終わってみると、クレジットカードの明細書が現れた。1つ1つの明細を確認していくと、怪しい明細が1件。「レストランXX」とあるものの、ネットで検索してもそんな名前のレストランが存在しない。しかもその日付はラブホテルのレシートの一件があった日以降の日付で、カレンダーと照らし合わせてみると、ユウトが遅く朝帰りをした日と一致していた。ナツは意を決して、すぐにQ&Aサイトで匿名のアカウントを作成し、明細の名前について尋ねた。

 ほどなくして返事があった。ラブホテルはクレジットカードの明細にレストランの名前を騙ることがあり、「レストランXX」はまさに都内のとあるラブホテルチェーンが明細に使用する名称だという回答だった。

「やっぱり…」

 胸の中で何かが音を立てて崩れ落ちる感覚。ナツは椅子に座り込み、しばらくの間、何も考えられなくなった。