5. 15年越しの初デート
15年越しの初デート
デートの当日、待ち合わせ場所に歩いてきた男性はやはり、タカシ先輩だった。忘れもしない目元の涙ボクロ。彼が自分を見つけて微笑むのを見て、緊張と興奮が入り混じる。
「もしかしてアイさん?いや、想像してたよりさらに美人なんでびっくりしちゃいました」
冗談交じりに話すタカシから、ナツの緊張を解きほぐそうとする優しさを感じた。
「私も素敵な方でびっくりしました」
ナツも照れながら返す。
「行きましょ!あ、カバン持ちましょっか?」
「いえいえそんな!大丈夫ですっ!」
淀みなく続く会話になんとかついていきながらも、
(私が中学の後輩には気づかないんだな……)
内心、ほっとしたような、残念な気持ちになる。いやいや、名前も年齢もニセのものだし、長いこと会ってないんだから、と思い直す。
レストランの半個室で
レストランで通されたのは半個室のテーブル席だった。改めて面と向かったタカシは、中学時代の面影はそのままに、大人の男性の余裕を感じさせた。いっぽうのナツは、メイクが落ちてないかな、などといろんなことが気にかかる。
そんなナツの緊張を見透かすように、もっぱら自分が話すかたちで会話を進めていくタカシ。その女性慣れした態度にナツは圧倒されっ放しだった。
(ユウトと比べると……)
アイとして努めて明るく振舞いながらも、ナツは内心、タカシの気遣いや優しさをユウトと比較してしまっていた。結婚前はこんなに気遣ってくれただろうか、と過去を振り返る。
「付き合ってる人はいないの?アイさんのこと好きな男、周りに100人くらいいそうだけど」
「またまた、お上手ですね…」頬を赤らめたナツから口をついたのは
「実は最近、元彼と別れたばかりで…」という言葉だった。
ナツは夫ユウトとの関係を、さも元彼との話のように語った。浮気が原因で別れたと話すときには、まるでユウトとの結末を自分がそう望んでいるようで、背徳感に頭がくらくらした。
リカと打ち合わせた、後輩と打ち明けるシナリオを完全に忘れたわけではなかった。しかし、それよりも、タカシに魅力的な女性と見られたいという欲求が勝ってしまっていた。
「すいません、ちょっとトイレに行ってきます…」
ナツは一度冷静になろうと、トイレに立った。
(本当の話を打ち明けないと…)
・ ・ ・
トイレから戻ったナツに微笑んで、タカシがまた会話を始めた。
「こんな素敵な女性を置いて浮気するなんて、罪な元彼だね。俺ならアイさんをそんな気持ちにはさせないね、てか絶対俺のほうが夢中になっちゃう。さみしくさせないでね!」
タカシの言葉に、ナツの心臓がきゅんとする。
「あれ、照れてる?照れてるアイさんも可愛いね」
「…やだ恥ずかしいっ…ほんとお上手ですね…」
会話を続けるタカシ。ナツは上の空でかろうじて相づちを打つのがやっとで、打ち明けなければいけない話の内容もすっかり頭から飛んでしまったのだった。
手を繋がれて
レストランを出ると、階段でタカシが、ナツの手を取った。その温もりに、ナツはドキリとした。
(タカシ先輩の手、こんな大きいんだ…)
その感覚にぼーっとする余り、手を振りほどくどころか、そっとタカシの手を握り返してしまっていた。
「アイちゃんがこんな美人で、性格も素敵で、照れ屋さんだなんて知れて、今日はほんと楽しい」
タカシの声は低く、耳元で囁くように優しい。ナツは頬が熱くなるのを感じた。
「…私も楽しいです」
ナツは小さな声で答えた。キャラ設定上は、明るく「私も楽しいよ」などと返すべきところなのに。
タカシと手を繋いで歩く姿は、まるで恋人同士のようだった。駅前に向かう人通りの少ない道に入ると、ナツの心臓は高鳴り、次はどこに誘われるのだろうかと期待と不安が入り混じった。
(カフェかな…それとも、ホテル…?もし誘われたら、どうしよう…)
ナツは密かに決意を固めた。誘われても断らなければ。でも、本当にそうしたいのかどうか、自分でもよくわからなかった。
「アイちゃん、駅まで送るよ」
タカシの言葉に、ナツはほっとすると同時に、少し拍子抜けした気分になった。
「はい……」
ナツは答え、その返事に混じる寂しげな声色に我ながらたじろいだ。