4. マッチしたのは初恋の先輩
マッチしたのは初恋の先輩
翌朝、早速アプリを開くと、ナツは驚いた。思ったよりも多くの「いいね」がついていたからだ。中には医者や弁護士といった高収入な男性までいる。
(こんなにたくさんの人に興味を持ってもらえるなんて……)
ナツは気分が高揚してきた。自分はまだ女性として魅力的で、求められる存在と言ってもらえているようだった。
ナツは早速、マッチングアプリに表示される男性たちのプロフィール写真を次々とスワイプしていく。夫らしきプロフィールはなかなか出てこない。左へのスワイプを繰り返す度に、罪悪感と興奮が入り混じった複雑な感情が彼女の胸の内で渦巻いていた。
次の瞬間、彼女の指は突然止まった。
目に飛び込んできたのは、どこか見覚えのある顔だった。整った顔立ち、優しげな目元、そして目元に映る、特徴的な涙ボクロ。プロフィールには「タカ、31歳」と書かれていた。
(まさか……タカシ先輩!?)
ナツの心臓が大きく跳ねた。中学時代のバドミントン部の1年上の先輩で、2年間も片思いをしていた初恋の人。さっそうと飛び跳ねる姿は魅力的で、いつも試合観戦にかこつけてその姿を目で追っていた。多くの女の子たちに人気があり、内気だったナツはほとんど面と向かって話したこともなく、当然想いも伝えられないまま先輩の卒業を見送るだけだった。
その後、一度も会うことはなかったが、先輩と交わした数回きりの会話は、甘美な記憶としてナツの心の中に大切に仕舞われていた。
興奮と驚きで頭が真っ白になり、ナツは思わず右にスワイプしてしまった。
「あっ!」
慌てて取り消そうとしたが、もう遅かった。画面には「マッチしました!」という文字が躍っている。ナツは動悸が激しくなるのを感じた。
(どうしよう……こんなことになるなんて)
混乱しているナツのもとに、すぐさまメッセージが届いた。マッチできた感謝を伝える丁寧なメッセージだった。本名がタカシだと自己紹介するその文章は、紛れもなくタカシ先輩のものだった。
(メッセージくらいなら……)
ナツは震える指で返信した。
「はい、ぜひお願いします」
親友からの後押し
その後も、新しい男性をチェックする傍ら、タカシとのやり取りは続いた。あくまで、タカシがマッチしてくれた、想像上の女性「アイ」として。
スマートフォンの通知は消しているため、たまに人目を盗んではアプリを起動し、メッセージのやり取りに心躍らせる毎日。
夫以外の男性とのやり取り自体が久しぶりの経験で、心が華やいだ。しかしこのままだと、いつかタカシからデートの誘いが来てしまう。
ナツは、親友のリカに電話で悩みを打ち明けた。大学時代に仲良くなったリカとはなんでも話せる仲で、リカがバツイチなこともあり、ユウトの浮気疑惑、マッチングアプリでの潜入捜査のことも話して励ましてもらっていた。
事情を聞いたリカはあっけらかんとした声で言った。
「その人と食事ぐらい行ってきたら?」
ナツは驚いて声を上げた。「え?でも、それって浮気になるんじゃ」
「もともと知ってる相手なんだから、食事くらい全然おかしくないでしょ」リカは即座に否定した。
「それに、その場で実は後輩なんですって打ち明けてみたら?悩み相談したら、親身になってアドバイスしてくれるかもよ」
ナツは躊躇いながらも、リカの言葉に耳を傾けた。
「それに」リカは続けた。
「久しぶりのデートで女性としての自信を思い出すいい機会だよ」
「そんな、どうやって…」
「大丈夫。ナツが独身だったら、どんな男性にとっても魅力的だよ。ただメイクはプロフィールに合わせて少し派手目のメイクにしたほうが良さそうね。今度、私が教えてあげるよ。絶対ナツに似合うと思うんだ」
リカの励ましに、ナツは少しずつ勇気が湧いてきた。
その翌日、思っていた通り、タカシから誘いが来たのだった。